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考察・問題解決プロセス(1)

問題解決のプロセス

問題を解決したがるのが人間である、というくらい人は問題を抱えている。

毎日問題が出てこない日はない。
それらたくさんの問題を私たちは日常的にこなし、解決し、そしてあたかも何もなかったように次の日を迎える。

私たちは実に問題解決が上手なのである。


しかし、だ。

問題とは気づかないまま、あるいは、問題と知りつつも逃避することも実は多いのである。

問題を問題と意識しないと解決には結びつかないのである。

ということは「問題」ってなんだ?ッてことになる。

また、問題を解決するということは、原因を探り出して対策をたてることである。つまり、そこには優れた意志決定が要求されている。

このように毎日実践していることを、ちょっとまとめてみようという試みがこの■問題解決のプロセス■。

果たしてどうなることやら・・・

詳しくは、次号以降で考察していきます。

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共振(シンクロ)の仕組み!【共感される文章とは】

   
著 者: 兵法家けん
   

共振! 共感! は なぜ起こる?

今日はメルマガの発行日でした。
と言っても、自分が決めたんで、勝手に変えれます(爆)

週刊で今、メルマガ発行してるのですが、
昨日はすっかり、忘れてまして(爆)

夜あわてて、投稿予約しました。
ちなみになぜか、
発行時間は月曜昼12時10分です(笑)

食事時に迷惑メールじゃあ(爆)


最近ネットカフェ生活なので、大変です(笑)

従業員に一人可愛いこが…  フフフ…(爆)


昨日のメルマガのテーマは時間なかったんで、

管理人の別ブログの、
記事から引用でチョロチョロっと書きました。

いつもは、メルマガはけっこう、
構成に時間をかけてるんですが、
今回、まったく準備不足!

しかし、ええ? たまたま?

メールがいつもより、多かったです。

なぜ? ホワイ?

んんん、共感してもらうとこがあったのか?


管理人はけっこう、経験するのですが、


んんん、今日の記事は なかなかか?
俺って天才? ← 管理人の心の声です(爆)

ああ、今日の記事はあまり、内容ないか?

ああ、どうしよう、つまらないと、思われるかも(泣)
↑ 管理人の心の声です(笑)


ところが、です。

ところが。

自分が意図した結果と逆が多いです。

どういう事かと言うと、

以外に、自信ある記事が人気なかったり、

自分では、ええ? という記事が、そうですねえ、
と共感してもらうことがあります。

人気あったか、なかったかは、
コメントの書き込みのボリューム等で推測できますね!


と、いうことで、

今日は コメント!について

コメントは非常に役に立つと思います。
管理人はよそ様のサイトでのコメントも
時間がある限り、よく読ませていただきます。

色々なものが、見えてきますよ。
中にはダイヤの原石も!

ああ、皆さんはこういう記事に興味があるのか?
え、こういう記事にも共感してもらえるの?

やはり、人それぞれ、共感のポイントは違いますね!

実は、この辺の内容が前回、
ご紹介いたしました、

中山さんのキキダスマーケティング

http://ken0303ken.blog.ocn.ne.jp/hyakukin/2006/02/post_fd48.html

に書かれてあります。

ひと(他人)に聞くと、
自分が見えないものが見えてくる!

○共感が共感を呼び、物が売れる!

○あるいは、人が集まる!

○あるいは、信用がうまれる!



この文章の原文はこちら

http://ken0303ken.blog.ocn.ne.jp/hyakukin/2006/02/post_c7b4.html


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運営ブログ 孫子のアフィリエイト
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兵法家けん
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アーティクルリソース:http://www.viralarticle.com/

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学習のヒント(その11)

■自信をなくした子ども達■


学習方法に自信があれば、期末試験の成績が悪くても焦ることはない。


大切なのは、どこを間違ったのか、なぜ間違ったのか、をなんども問題を解きながら自問自答することだ。


以前にも書いたのだが、「ミス」は大きく分けて4つある。
「ミス」の科学 としてこのブログにあるはず・・・


どういったミスを知るのか、自分が確認する、自覚することでしかミスは減らないのだ。

だから、その点をしっかり見ていけばいい。
学習方法が間違っていないか?

それは、100人いたら100人のやり方がある。無理して成功者(??)に合わせる必要はない。

方法、というより、必要な学習、知識の整理ができるやり方であるかどうかを検証できる人がそばにいてくれたらいいんだけどね。

失敗したと自覚する子どもがいるなら、それをバネにして次の試験までに対策をとろう。
そのためにも、間違った問題から、自分なりの対策が取れるような検討が必要なのである。

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学習のヒント(その10)

■集中力がない?■

そろばんをやっている子ども達には、「集中力」がないとは言わせない。

何桁もある数字のかけ算など、計算に集中しているからこそ正解するのだ。それを何題もこなしていくうちに、自然と集中するということの実体を体験することになる。

じつは、集中しているときとは?

わたしもそろばんをやっているので、実感するのだが、そろばん計算をしているときは、実は何も考えていない。

計算を考えているからだろ?

そういわれるかも知れないが、計算自体もあまり考えていないことに気づく瞬間がある。
ボーっとしているような・・・

それが「集中」なのか、と思っているのだ。


そろばんって単純計算の繰り返しである。

ただ指が記憶している珠の動かし方を、あたまではなく体が覚えているので、やっているという感じなのだ。

そんなときって、単純計算なので、あたまも活動していないような感じで、計算と向き合っている。

そのような経験をしていると、たとえば、数学を解く、ということを考えると、解くために考えていることは、「集中」とうよりも、あたまの中を「わかる」事柄が縦横無尽に動き回っているか、おっとヒラメキで「こうやって解ける」と思いつくかのどちらかなのである。


ボーっとしているときのそろばんとは違う頭を使っているような・・・


だから、学習に集中しようといっても、実は、対象物をしっかり考えようとする自発的な力が要求されているのだ。

そこは「集中」というのかどうかわからないが、そろばんとは違うな、ッて感触だ。


だから、集中力がない、と嘆くよりも、わりとやさしめの問題を解きながら、あたまのどこを使いながら問題を解いているかを、子ども達に体感させる方が良いように思う。

きょうはちょっとまとまらなかった・・・ね。

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学習のヒント(その9)

■好き嫌い■

好きなことだけやれれば、その方が良い。

が、世の中そんなに甘くはない。好きなことのなかにも、乗り越えなければならないことがある。
乗り越えるときのこころざしや、手段、テクニック、わざ・・・
いろいろなことが、自分がこれまでに経験したことをベースにしているのである。経験していないことをこれからやるのだけど、そのときの自分なりの方法は、すでに経験したことが素地になっている。

社会がきらい。

ただ、歴史の出来事だけをおうのではなく、人物の流れに沿った歴史という切り口で見直してみる。
歴史小説を読んで、教科書との関係を調べる。

べつの見方を提案してくれる人がそばにいてくれればいいのだが、そうでなくても調べることがいろいろできるはずだ。
(私たちの立場は、その子ども達にあった提案をして、実行することにある。)

受験のことを考えると、嫌いだから、という理由で勉強しない、とはいえない。

個人的には、できる人といっしょに勉強する。そして教えてもらう。
わからないことを教えてもらうのではなく、最初から最後までプロセスを教えてもらうのである。
わからないところがどこなのか?それがわからないことが多いのだ。
説明を受けるとわからないこと、知りたいことを言うことができる。

できる人がいない?

塾、それもできるだけ個人に振り向ける時間が多いところを選ぶしかない。

わからないことでも、いっしょにやっていると、案外簡単だなぁと思うことがあるのだ。それを大切にしながら、先に進もう。

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学習のヒント(その8)

■スランプ脱出■

期末試験が終わると、それだけでなにもする気が起こらない子どもたちが増えてくる。

期末試験だけが目標だっただけに、その目標が無くなると突然やる気が起こらないのだ。中学3年生は、もっと先の目標があるので、そんな気になっては困る。

期末試験という小さな試験でもそうだ。
ましてや受験後のスランプから脱し切れていない子どもたちもいる。


中学受験である。


受験でがんばっただけに、その反動も大きい。
目標が、合格なのだが、その背景には競争意識がある。
否定するわけではないが、競争する環境がなくなり本来の学習環境になったのだから、本人にとっても良いはずだ。


でも、競争が学習を支えていた当時の気持ちが、ずっと消えないままにいるのである。


「普段の学習に競争意識を取り戻す」

ことも必要かも知れないが、興味ある学習、やりたい学習、をささえるスタンスを復活させることが必要である。

中学受験を乗り切った子どもたちであるなら、学習することに対する違和感というか、否定感があってのスランプではないはず。

本来のわかろうとする力に気づいてくれるようなサポートが必要なのである。


そのひとつが、「体験学習」である。

自分で経験する。
経験することを計画する。
経験したあとの、イメージの違いを文章にしてみる。

いろいろなことが考えられる。

つまり体を使いながら、自分の中の整合性を再構築していくのである。

ここにもイメージがおおきな役割を果たすのである。

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学習のヒント(その7)

■机の上だけが勉強じゃない■

が、要は学習する習慣ができているか、ということ。

よく「私が言っても聞かない」「教えていると、いつの間にか叱っていた」と言われる保護者の方がおられる。

だから、塾に行かせて、他人の目で評価してもらうのだ。

これも大事なことだが、毎日塾に通っても、生活の基盤はやはり家庭にある。
家庭でどのように「学習」と接しているか、が問題だと考えている。


一番良いのは、学習をみるというより、いっしょに学習すること。
あるいは、お母さん達は自分のやることがあってそれをやっているその横で勉強する。
こたつでいっしょに(やることは別々でも)やる。
お父さんが読書しているなら、その横でいっしょに読書をしたり、宿題をする。

無心にやるんじゃなくて、「あ~、そうか」などと言いながら学習していることの楽しさを子ども達の前でさりげなく、しかも強烈にアピールするとか・・・


たまにはわからないことがあったらいっしょに調べたり、教科書を読むのもいい。

学習する習慣がついていれば、あとは自分でちゃんと計画を立てることができるかどうかを、機会を見ては確認したり、計画の立て方をいっしょに考える。

キーワードは「いっしょ」

やり方がわかってくると、最初はまねごとでも、次第に自分なりの工夫や段取りを考える基礎ができてくるのである。

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学習のヒント(その6)

■期末試験の成績上がった?■

テスト結果をもらったあとは、みんな今度こそがんばるぞ!となる。

か、

結果も見ずに、あきらめてしまうか、

それは、・・・だ~


なんて言いたいのではなく、「もっとやっとけば良かった」「でも、今のようにやったら・・・」と後悔と不安をもっている子ども達も多いのではないだろうか。

問題が解けなかった、ということは、

問題文を読んで解くプロセス、答えを導くプロセス、そしてそのときに抱くプロセスのイメージが持てない、

ということである。

自分がわかっている内容と、問題文に書かれた問題のわかる範囲に交差範囲がないのである。



解くプロセスには一定の過程を得る。
それは、わかるとはどういうことか、わかることとわかろうとすることをいかにして結びつけていくのか、
ということに原点があると思う。


そういうなかで、問題を解くためのキーはあるのか。


「図」を書きながら解く。
「間違いノート」に書き記す。

問題を解くという行為は論理的作業ではある。
だが、そこには問題を見つけていくという実質的にイメージの世界が存在するのだ。

論理とイメージをいかにして育てていくか、を「図」と「間違いノート」がサポートしてくれるのである。

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学習のヒント(その5)

■メリハリのついた学習■

もちろん当たり前のことである。

でも、ですよ。学校が学習だけを強要するようなしくみだと、子どもはそれに従うしかない。

学習。
宿題。
部活。
塾。

特に、子ども達にとって部活の役割は大きいと思う。中学生ならなおさらである。

体を動かすことで、こころも生き生きする。
部活があるから学校に来ている、そういう子ども達も多いと聞く。

うちに来ている子ども達にもいた、いた、いた。

体を動かしたくてしようがない。

で、ただ動かすだけじゃなくて、あたまも使っている。それぞれの運動にある特有のルールや戦略を考えるのだ。
チームプレーならば、友好関係もつくることができる。

ただ、部活をすると疲れてしまうのだ。

夜の塾に支障をきたす・・・

やるときはやる習慣、
おとなの実行力とともに、子ども達にやるときはやる習慣を背中で見せていかねばならない。

「やりなさい」
と一方的に、叱るのではなく、背中を見せる。

短時間でも良いから、毎日学習することが、将来の大きな一歩につながる。

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学習のヒント(その4)

■期末試験で高得点を得る■

短期集中か長期戦略か?

一夜漬けでは頭に入っているようでもやっぱり無理がある。長期とはいってもせいぜい2週間くらい学習に専念すればいいので、「長期」にやるようにしたい。




試験ではあるが、学校のテストというある程度分かっている内容に対するテストならば、ここはきっちり得点したい。

その対策は?

ここまでに述べた毎日の復習は欠かせない。
分かることと分からないことをはっきりしていく作業が必要である。わからないことが無くなれば、それは得点になって自分に返ってくる。特に、学校の試験となるとなおさらである。

長期にわたる学習のメリット。

それは分割学習にある。
細かくワケながら学習するにはそれなりの時間というか期間が必要である。
たとえば、学習する内容・範囲を5つに分けたとする。

初日は、「1」をする。
2日目は「1」と「2」をする。
・・・

こうして反復学習から知識を定着することが必要である。

試験前日に焦点を合わせて、前日には全範囲を確認することなどを考えると、分割学習でできうることはたくさんある。
全て自分のできるレベルに応じて実行できるのである。


反復学習のいいところを活用しながら、あらたな「わかる」ことを広げていくようにしたい。


そしてもうひとつ。

間違った問題をどうするか。

わたしは「間違いノート」を提唱しているが、間違った問題にこそ自分がやるべき方向を示しているといえる。



間違いノートのワンポイント。


それは、消しゴムを使用しない、ということである。
間違った問題を消すことのデメリットは大きい。
じぶんがどこでまちがったか、次におなじ間違いをしないか、などということを実感できる好材料なのである。

とかく正解だけを書きたい生徒。
間違った問題を見ては、自分を制することを忘れないでほしい。

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