ここにいるということ

わたしは、子どもたちに科目を教えている。

私塾だ。

昨日、公立高校を受験する子どもたちの最後の授業をした。倍率がどうか、という現実はともかく受かってほしい、受かるために何をしているのか・・・

高校受験であろうが、大学受験であろうが、この時期にかれらがすべきことはひとつしかない・・・

彼らが受験に受かるための学習をするのがわたしの目的ではなかった。もちろん、親御さんの気持ちや考えはある。当たり前である。

親御さんの気持ちは別にしても、わたしには子どもたちを進学も補習もできる自信も能力もある、と思っている。

このど田舎で子どもたちがどうやって将来を希望あるものにしていくのだろう?中学時代、高校時代にこんなおとなになりたい、という動機付けを考えただろう。

シュタイナー教育というものから、地元の子どもたちのことを考えようとしてきた。
かたちにとらわれることなく自分が考える、思う、わかる、というイメージをつくることが、受験で合格するより大切であるという信念があったから。

シュタイナー教育は、いわゆるだめな子どもたちを育てる教育ではない。

個性ある個人を育てる場でもないと思っている。誤解されるかもしれないが、個性を伸ばす場としての教育が実現できると考えていない。だっていまでも実現できていないシュタイナー学校は。

わたしの教育はシュタイナー教育と共にあゆむ!と思っているけど、やはり個性を伸ばす教育がシュタイナー学校でさえ実現できないと思っている。

個性ではなく、能力を伸ばす、のだ。

個を認めることで能力を伸ばすのだと考えている。シュタイナー教育と矛盾するものではないとも思っている。

私といっしょに学習している子どもたちから得た結論である。

シュタイナー教育という枠、それがもしあるのなら、その枠をも取り外したいのだ。
シュタイナー教育そのものが分かっていないのに・・・と思われるかもしれない。

でも、何を子どもたちが学ぶにしても大切なことがある。それを私たちはサポートするべき義務があると思っている。

それは・・・

どんな命題が子どもたちに与えられようが、その命題を解明する力を与えなければならない、ということを。
育児でも同じだと思う。

シュタイナー教育は模擬教育を断固として排除している。

当たり前のことだ。

体験を通すからこそ、自分のイメージを育てることができるから。
このイメージが命題を解明する力となることを知ってほしいのだ。

体験する、自分で見てみる、動いてみる、触ってみる・・・・・この体験を通して言葉という記号を理解しなければならないのだ。

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