どこに入りたいか。

高校に入る話だ。

なぜその高校に入りたいのか。

自分がこれまで生きてきた風土というか、文化的な基盤が大きく関係していると思う。家庭での生活から自分の生活習慣が決まってくるように、親や友達との関係や、どんなことを経験しながら生きてきたかが高校を選ぶときにも影響しているようだ。

もちろん、自分が進みたい道を生かす特殊な事情があれば別だが。

同じようなレベルの高校ならば、家庭の影響があるのはそのためだ。


どんな高校でも、自分が進みたいところであってほしい。

だんだん妥協しながら高校を決めてる生徒もいるけど、妥協する前に「努力した」と納得できるだろうか。

それくらいやったと自信を持って言えるだろうか。

なんとなく、にはならないように、今からでも遅くない。

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高校入試の国語文章題

国語の入試問題は、ほとんどが引用文であり、独自に作成した文章は見たことがない。これは教科書でも同じことがいえる。
まぁ、全くないわけではなく、有名作家の書き下ろし作だったりする。

いずれにせよ、作問側は、作者(筆者)の考えることを読み解くことを作問上の主題にしているようで、独自文章を考えることはないのだ。


なぜだろう、

と考えたことがありますか?

私はその理由がわからないので、ホントの所を聞いてみたいものだ。



ただ言えることは、
文章を作る、と言う作業は大変だ。
文章そのものが良いか、悪いかという評価がなされることは避けたい、ということは考えるだろう。
問題の善し悪し以上に、そもそも問題文が悪かったのだ、という評価がされることは避けなければならない。

つまり、作問側は、皆が納得のいく文章で、問題(問い)を作り、いかに答えることができるか、あるいは、ここは答えにくいか、などと言うことに特化する方が全体としてもうまく動くと考えているに違いない。

わたしが作問するとしても、国語の問題はその方が楽だ。

一方、英語や数学になるとそうはいかない。

独自の問題を作る。


これは、作りやすい、という面があると思う。



総じて、


作問に対するデータベースが教科により違うということか。

ねらったところに落とす入試問題がそこにあるのだろう。データベースからわかる受験生の得点率を重ねているのだ。

このような受験情報を私は見たことがない。

ここを除いて。
というか、私が作りました。
興味がある方は、こちらから。

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